製作年 <開町>元禄14年(1702年)以前御舟手の舟着場(現御舟町)の袂へ、新しい地を収めるという事で、新地という地名が誕生した。その後開拓され、新地の町が出来た。
<創建>天保13年(1842年)以前。
<建造>明治24年(1892年)以前。当時保存会により素木弐階構造で新調する。彫刻は、元寇、支輪に龍、破風に、鳳凰、乳隠に花鳥、水引幕は、紫地に交差した旗を刺繍、中に源氏車
現家躰は、四代目といわれている。(平成9年改築)
彫刻 管 浜吉
大工 管 浜吉
明治制作の前屋台を、3階に改造。
大正14年に喧嘩により大破し、当時の保存会、青年会が、3年掛りで大改修を行い、昭和3年に復活する。
改修は、彫刻 近藤 泰山
大工 石川 甚助
により行われる。
平成9年家躰の劣化の為、自治会より、新地屋台建設委員会を設立し、大改修を行う。
この時、弐階構造から参階構造へ改造すると共に、壱階支輪へ龍と天女、弐階角障子へ四神、袖障子に仙人と亀を彫刻する。改修は、
彫刻 石水 信至
塗師 石水 公文
大工 石水 公親により行われる。
この改修により、西条初の
参階朱塗楽車の誕生となる。
この新地家躰は、明治期、大正・昭和初期、現代の代表する職人により手がけられた家躰として、自治会、保存会、青年部により愛しまれている。